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更新日:2011年8月22日

江戸幕府(徳川氏)が、1620年から10年の歳月をかけて再築した大坂城(現在の大阪城)に伴う採石場です。

石材に彫られた刻印(採石大名の家印など)の分布をもとに刻印群が設定されており、芦屋市域には岩ヶ平刻印群・奥山刻印群・城山刻印群が分布しています。
芦屋墓園の一角に、市指定文化財の刻印石を含む石材を移設展示しています。

古墳時代中期(5世紀後半)に築造された古墳です。
本来は前方後円墳でしたが、前方部が鎌倉時代に壊されており、現在は後円部しか残っていません。

前方部で行われた発掘調査では、古墳の周囲を巡っていた濠の中から、円筒埴輪や形象埴輪(人物・鶏・盾など)が多数出土しました。


1620年代に築かれた徳川大坂城に関連する石材が、十数石出土した遺跡です。
これらの石材は、東六甲採石場から採石され、船で大坂城へ運ぶために、船出し場まで運ばれたものと考えられます。


出土した石材は、美術博物館の前庭と呉川町の道路歩道の2カ所に移して、展示・保存されています。
(参考)5.徳川大坂城東六甲採石場(岩ヶ平刻印群・奥山刻印群)


縄文時代晩期(今から約3000年前)から江戸時代にわたる複合遺跡です。
平成15年の発掘調査により、弥生時代前期(今から2千数百年前)の水田跡が見つかりました。
水田跡には、弥生人の足跡がめいりょうに残っていました。
前田公園内には、発掘調査で見つかった弥生人の足跡をかたどり、解説板をそえて展示しています。


市街地北東部の山麓丘陵部に分布している、古墳時代後期から飛鳥時代(6世紀後半~7世紀半ば)にかけて形成された古墳群で、数十基の古墳からなります。
見学できる古墳は、岩園天神社境内に2基、保護樹林公園内に1基あります。


弥生時代前期(今から2千数百年前)から江戸時代にわたる、複合遺跡です。
平成13年の発掘調査によって、平安時代(12世紀)の井戸が見つかり、その中からは墨で「加」と書かれた土器が出土しました。
清水公園内には、調査成果の解説板を設けています。
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