02-03 特 集 広報あしや 新春スペシャルインタビュー コシノヒロコ Hiroko Koshino 芦屋はね、春は桜、梅雨の時期は紫陽花、 秋に木々が紅葉し、冬には雪が降る。 目に映る景色、心を和ませる匂い、躰に まとう空気、全ての感覚が刺激になって、 私にインスピレーションを与えてくれる。 緑豊かな木々に囲まれた奥池町。その中で無機質な鉄筋コンクリートの建物が自然と絶妙に調和した「KHギャラリー」。建物内に足を踏み入れると、日常では感じることの出来ない特別な空間が存在する。特徴的な大きな窓に映る木々の景色とそこから取り入れられる自然光がギャラリー内と飾られた作品を照らす。 シトシトと雨が降る午後、ファッション界のカリスマ、コシノヒロコさんは優しい笑顔で話し始めた。「この辺りは雨の日の景色もステキでしょ。少し霧がかかっていて幻想的で私好きなの。」 ―ファッションデザイナーを 決意した出来事― ピエール・カルダンとの出逢い 私が文化服装学院に通っていた学生時代、小池千枝先生(高田賢三〈KENZO〉など有名デザイナーを育てた)にデザインの授業を受けていたときのことでした。絵を描くのが得意だった私に先生は、等身大の『ピエール・カルダンの作品』を描くように言われました。私が作品を描き終えたときのことです。突然ピエール・カルダンが教室に入ってきたのです。小池先生が仕組んだサプライズでした。ファッションデザイナーを目指す私にとって、ピエール・カルダンはもちろん憧れの存在でした。その人が突然目の前に現れたわけですから、若かった私にとってものすごい刺激になりました。それと同時に『これから真剣にファッションの勉強をして、私の作品を日本だけでなく世界に発表していく場をドンドン作っていく!』と決心した瞬間でもありました。 ―世界へ初めて出ていくことが決まった1987年ローマでのコレクション。 その時、考え行動したこと― 芦屋へ移り住む 洋服の長い歴史を持つフランスやイタリアで、私が成功するにはどうすればいいか。真剣に考えたどり着いた答えが『都会と自然環境が一体となり四季を身近に感じることができる芦屋へ移り住む』ことでした。 昔から日本人は自然と一体になって、四季や自然と共存しながら生きていくことで、日本独特の文化が栄えていきました。季節ごとに家屋の中の設えを変え、食事も旬のものを上手にとり入れる。『四季がある日本の文化の良さを完全に理解し、自分の中へ取り込みながらクリエーションし洋服をデザインすることができれば、欧米でも通用するかもしれない。』そう思いました。 芦屋に住み、四季を感じながらデザインした洋服が、ローマのコレクションで大絶賛を受ける。 「ファッションデザイナーとして一番嬉しかったできごと。今から考えてもこの時の作品が今までで1番気合いをいれて作ったものでしたね。日本人がファッションの世界で活躍するには、欧米のデザインをまねても絶対に話題にはならない。私たち日本人にしかできないことをやらないといけない。私はピエール・カルダンと出会った時から、どうすれば世界に注目される作品を作ることができるかを考え続けて『四季がある日本独特の文化』に辿り着き、私の中で完全に消化し表現することで成功することができたと思っています。四季を感じることができる芦屋の土壌に『住む』ことが、私のクリエーションの根源になるものを作っているのです。」 ―40年前自宅として建築した「HKギャラリー」での苦労― 安藤忠雄設計の家を建てる 安藤忠雄さんは、私が大阪に住んでいたときからの飲み仲間でした。日本の四季を大切にする独自のコンセプトで設計された彼の造る家が大好きでした。ですから奥池町に家を建てようと思った時に安藤さんへお願いしました。「私、本当にお金はないんやけど。あなたがデザインする家を建ててほしい」と。そしたら彼に「わかった、まかしとき。車1台買うよりは、ちょっと高いと思っといてな」と言われ、車1台分ぐらいなら大丈夫だと高を括っていました。でも実際は、その10倍くらいのお金がかかり、税理士さんからは「これは自殺行為に近いですよ」って言われました(笑)。かなりの借金をしましたから、家を建ててから20年間は全然お金がなくて利子も払えない状態で、本当に大変でした。でも『私は、ファッションデザイナーとして絶対に成功する!』という強い目的意識がありましたから、これくらいの苦労は全然いといませんでした。 実際にこの家に住んでからも大変で、奥池町の冬の寒さは厳しく、さらに安藤さんの建築する建物は鉄筋コンクリートだからとても寒い。家に帰ってきてからスキーウエアに着替え生活していました(笑)。それでも私はファッションデザイナーだから、こんな厳しさも自分のクリエーションには最高に幸せな環境だと思っていました。自然に囲まれた非常にモダンで素敵な美しい空間で生活する。それは『自分の環境を大切にしたい』というファッションデザイナーとしての思想です。「洋服は人間の躰に一番近い環境でしょ。その人間に一番近い環境を作っていくデザイナーが自分の環境をおろそかにして良いものをつくれるはずがない。この環境の中で作ることで世界にたくさんの作品を放出していったの。これが成功の基ですよ。」 ―経営者としてのチカラも 必要とされた人生― ピンチの時こそ力は発揮される ファッションデザイナーとして大成するために借金をしてまで家を建てたように、その後も周りの人から「そんなことしたら大変よ」と言われることばかり考えていました。 でも私は全然大変と思わないで『これを成功させたら一段上のステージにあがれるチャンスだから頑張ろう。』その繰り返しの人生です。周りの人が反対し逆境に立たされた時に、その場から退いてしまいたいと思うこともあると思いますが、強い目的意識を持っていれば、その困難にも立ち向かえるのです。『夢は大きければ大きいほどいい、その為にはどんな苦労があっても打ち勝つぞ!』って強い意志が持てるのです。 私は、自分が最高の営業マンだと思ってデザイン提携の話を持って営業にも行きました。「会社でデザイナーを雇うと給料や福利厚生などでいろいろと大変ですよ。だから私にデザインさせてください」って。その頃ライセンスなんて発想は全然ありませんでしたが、そこから『ライセンスビジネス』に発展していきました。自分の手で自分の世界を作っていくという強い気持ちは、人間を形成する上で、とても必要なものだと思います。 ―「EX・VISION HIROKO KOSHINO To the Future 未来へ」への想い― 次なる挑戦 これからやりたいことの1つは、4月に県立美術館で開催する展覧会を成功させることです。ファッションデザインと絵画を一緒に展示する、世界で初めての展覧会。訪れてくれた人たちに楽しんでもらえるように、プロジェクションマッピングを使用して空間的な面白さを演出し、子どもたちとのワークショップも企画する。この展覧会に訪れた子どもたちが大きくなった時に『子どもの頃に観たあの時の展覧会にとても影響を受けました』って言う子どもが出てきてくれるくらい素敵な展覧会にしたいと思っています。 私は、子どもの頃から歌舞伎を鑑賞し長唄を習うなど、綺麗なものを沢山見せてもらえる非常に良い環境で育ちました。そのおかげで今の仕事でも、独自のコンセプトでオリジナリティーを持てているのだと思います。ですから子ども時代の過ごし方はとても大切です。今回の展覧会は特に子どもたちやこれから育っていく人たちに観てもらいたいと思っています。 アートや音楽で人間の心を豊かにして、物の考え方の豊かさを追い求めることは非常に大切です。人々の生活の中にアートが溶け込み、もっと世の中の文化レベルが高くなって欲しいと思っています。今回の展覧会が文化レベルの向上に少しでも役に立てられるように、いま全力で企画しています。 インタビューを終えて コシノヒロコさんの『自分に厳しく、挑戦し続けるファッションデザイナーとしての矜持(きょうじ)と、この地で四季を感じ過ごす芦屋への愛』を深く感じることができました。ありがとうございました。 EX・VISION HIROKO KOSHINO To the Future 未来へ 2021年4月8日(木)〜6月20日(日) 兵庫県立美術館 この展覧会では、デザイン画や歴代コレクション、水墨画などを通して、コシノヒロコの仕事の全貌に迫ります。芦屋に建つ安藤忠雄設計の自邸に30年以上暮らし、安藤建築の中で創作活動を続けています。同じく安藤が設計した兵庫県立美術館を会場に、広い空間を生かしたダイナミックな展示をご覧いただきます。 また本展は、コシノの魅力を探る場であるとともに、次世代とくに子どもたちへ手渡すバトンでもあります。困難と繁栄の時代を生き抜いた女性アーティスト・コシノの作品に接することで、「ときめき」や「本当の豊かさ」を、来場者が見いだす機会となるでしょう。 profile プロフィール コシノヒロコ 大阪、岸和田市生まれ。文化服装学院在学中よりキャリアを重ね、東京、大阪、パリ、ローマ、上海などでコレクションを発表する一方、プラハやハンブルクで異分野のアーティストとのコラボレーションによるイベントも開催。HIROKO KOSHINOの名で6つの婦人服ブランドを展開するほか、バッグや小物、ライフスタイル関連グッズ、紳士服など、数多くのファッションアイテムのデザインを手がけている。近年は絵画・書画のアート作品を発表する機会も多く、自身の作品を発表するスペースとして、2013年KHギャラリー芦屋をオープン。2017年、デザイナー60周年記念本『HIROKO KOSHINO - it is as it is あるがまま なすがまま』を出版。1997年第15回毎日ファッション大賞、2001年大阪芸術賞受賞。 【KHギャラリー芦屋】 奥池町17-5/☎63-5678 営業時間:午前11時~午後4時〈要予約〉 水曜日休館 詳細・予約はホームページで。