02-03 特集 新春特別対談 映画監督 河瀨直美 芦屋市長 髙島崚輔 兵庫県芦屋市。その静かな街並みと美しい自然が、映画のスクリーンにどのように映し出されるのか?今回、芦屋市で新作劇映画『たしかにあった幻』の撮影を行った映画監習・河瀨直美さんにお話を伺い、映画制作の舞台裏や監督の芸術的ビジョンを深く掘り下げるとともに、大阪・関西万博で手掛けたパビリオンのテーマでもある「いのちを守る」について伺いました。監督が描くテーマを通じて、観客にどのようなメッセージを伝えようとしているのか。芦屋という街が映画に与える影響についても語っていただきました。 見た人それぞれの見え方で心に刻まれる作品に 髙島市長 新作映画では芦屋市で撮影をされたということですが、どのような映画ですか? 河瀨監督 タイトルは、『たしかにあった幻』という、意味として矛盾する言葉を合わせたものにしました。「記憶」と「記録」は似て非なるものです。人の「記憶」というものはその後、自分の中で変化していき、みんなが同じ出来事を体験しても、それぞれの中で異なる形で残るものですよね。一方、「記録」というものは、いつ、誰が見ても同じものです。映画もまた同じ映像を何度見ても同じものが再現される特徴がありますが、私が作りたい映画は観る人々の背景や経験によって、同じシーンを観ても異なる感覚を得ることができるものであって欲しくて、そういった意味をタイトルに込めたつもりです。 髙島市長 映画にある程度の余白を残したということですか。 河瀨監督 そうですね。私は人の想像力・イマジネーションを信じています。最近は情報の正確さが求められる社会になり、表現媒体であっても説明を求められますが、表現においては、もっと抽象的であってもよいのではと考えています。観客が自由に解釈できるスペースを作って、自分の記憶と照らし合わせてシーンを感じ取れるようにできればいいと思っています。だれが観ても同じというものではなくて、それぞれの記憶にアクセスし、重ね合わさることで心に深く刻まれる作品になればと思います。 地域性が映画に深みを与える 髙島市長 今回の映画では芦屋をロケ地に選んでいただきました。私も撮影に参加させていただきましたが、地域に根差した歴史や文化を大事にされているように感じました。地域性となると具体的な話でもあると思いますが、具体と抽象の関係性をどのように表現されたのでしょうか。 河瀨監督 「だんじり」などに代表される受け継がれた文化は地域の「記憶」でもあると思っています。少し不思議なエピソードであってもそれらを登場させることで映画にリアリティーを持たせることができます。 髙島市長 今回の映画は神戸市や屋久島、フランスなど様々な地域で撮影されている中、芦屋市をロケ地に選ばれた理由はなぜですか。 河瀨監督 主人公の職場である病院が神戸にあり、プライベートと仕事の橋渡しをする象徴として電車を使いたかったんです。電車が通り過ぎる音や遮断器の音を時空を超えることや人の表裏を切り替える装置として使いたくて、探し当てたのが阪急芦屋川駅でした。また、芦屋川周辺の景色やサンモール商店街、神社や公園、だんじり祭りなどの地域性も映画に深みを与えると思いました。 対話は心の交流 髙島市長 大阪・関西万博では長い時間をかけてシグネチャーパビリオンを手掛けられました。一対一の「対話」をみんなで観覧するものでしたね。 河瀨監督 パビリオンはDialogue Theater(ダイアローグシアター)と名付けられ、スクリーンの中から現れる人と観客代表の一対一の対話を目撃できるようなシアターを作ろうと進めていきました。私に与えられたテーマは「いのちを守る」だったのですが、守るということは「何かしらの敵がいる」ということです。震災や病気、戦争などありますが、一番怖いのは「人間」だと思います。「対話」で違いを認め合いつながっていくことが重要です。一対一の対話でそれを成し遂げることができたなら世界は平和になるのではないかという希望を込めました。 髙島市長 お互いのことをもともと知らず、二度と会わない関係性だからこそ、心の奥底の話が出てきたのかなと思ったんですが、対話者の変化はありましたか。 河瀨監督 スクリーンの対話者はオーディションで決定し、実施に向けてワークショップを行いました。ワークショップが進む中で、対話で重要なのは「素直さ」だと感じたんです。その人が今の自分で、いろいろなものをどれだけ吸収できるかが大事ではないかと思いました。それから、対話中に言葉を取り繕うのではなく、沈黙になる人が素直な人だったりします。皆さんには、「沈黙を恐れないで、沈黙も表現だよ」と声をかけていました。他には「わかる、わかる、それでね・・・」と皆さん人の話にすぐ同意しがちですが、「本当に同意してる?嫌われたくないからそう言っていない?」と声をかけながら「意見が違うということを恐れないでいいんだよ」と話すこともありました。 髙島市長 沈黙を大切に、とはあまり教わりませんよね。 河瀨監督 ディベートは勝ち負けがありますが、対話は違う価値観に触れて自分が変わることが、大切です。まず対話は「何を言うか」以上に「聴く耳を持つこと」も大事で、聴くことによって相手の中に自分も存在できるのだと思います。そして、何か言うときには相手にぶつけるのではなく、相手と自分の間に言葉を置くことをイメージします。その時、相手の反応を待つ、前出のように沈黙が生まれるかもしれませんが、相手がどんな反応をするかを待ってみることも大事だと思います。 髙島市長 そうですね。私もこれまで「対話」を重視し続けてきたのですが、河瀨監督はなぜ「対話」を大切にされているんですか。 河瀨監督 「対話」というのは、私にとって単なる言葉の交換以上の意味を持っています。映画づくりや万博パビリオンで常に意識してきたことの一つが、どれだけ観客の皆さまと心の深い部分でつながることができるかという点です。対話は、相手の存在を尊重し、理解しようとする心の交流です。だからこそ、パビリオン内での体験は、観客が一方的に情報を投げるだけでなく、相互に影響を与え合う場所であってほしいと思いました。来場者が自分の想いを言葉にしたり、他者の考えを聴いたりすることで、その場で生まれる共感や理解が、次につながる対話を生み出すのです。映画の中でも、登場人物たちが心を通わせ、関係を構築してゆく過程は、観客にとっても共感を呼ぶ瞬間です。人々が共に感じ、共に考え、共に行動できる場。それが対話の力だと感じています。 髙島市長 対話を重ねてこられて、対話で世界の平和は訪れると思いましたか。 河瀨監督 世界は変わると思います。しかし、平和かどうかはまだわかりません。でもその方向に進んでゆくと信じてい ます。 地域社会のつながりが「いのちを守る」 髙島市長 河瀨さんにとって「いのちを守る」とはどういう意味ですか。 河瀨監督 「いのちを守る」というテーマは非常にシンプルで、根源的なことを指していると考えています。私が思うに、「いのちを守る」というのは、他者と共に生き、支え合うことで成り立つものです。それが地域社会の中でどのように実現されていくのかが、社会の課題です。この考えは、私の経験に基づいています。まだこどもが小さく、子育てをしながら映画を撮っていたとき、自宅の近所に住んでいた恩師の奥様が夕飯のおかずを多めに作ったからと持ってきてくださって本当に助かったんです。その時、「このお礼をどう返せばいいのか?」と悩みました。すると奥様が「直美ちゃんが私と同じ年齢くらいになった時に、同じように誰かに何かを渡してあげて」と言っていただきました。地域は一対一の関係だけじゃなく「その想いをあらゆるものへ還元していく」、この考え方こそが循環を生むのだと思いました。そのようにして、地域の中で「命」が守られ、育まれていくと感じています。 髙島市長 「恩送り」ということでしょうか。人から人へ、対話を通じて想いが循環していく、そんな「まち」は素敵ですよね。 河瀨監督 万博で展示した「いのちを守る」というテーマも、こうした地域社会の循環の重要性に根ざしています。地域の中で人々が互いに支え合い、困っているときには手を差し伸べ、与えられたものをまた他の人に渡していく。そのつながりと対話が「いのちを守る」ことにつながるのだと考えています。 髙島市長 「対話を中心としたまちづくり」の意義を、より深く表現していただいた気がします。対話の文化を芦屋に根付かせることで、よりよく生きる人が増える、そんな場づくりをしていきたいです。 さいごに 河瀨監督 いろいろなご縁がつながってたどり着いたこの芦屋の風景やサンモール商店街などで繰り広げられる人間模様が、私には本当に愛おしくてたまらないものになっています。映画の主人公はもういないけれども、芦屋川駅の電車の音を聞けば主人公たちが確かにここにいたんだという感覚になります。 髙島市長 そういった意味ではここで演じたというよりは「ここで生きた」ということですね。そんな映画『たしかにあった幻』、いよいよ2月公開ですね。 河瀨監督 できるだけ丁寧に皆さんに届けたいと思っていますし、「ここは芦屋のあそこだね」と思いながらご覧いただけると嬉しいです。 髙島市長 監督の想いを劇場で共有できることを楽しみにしています。本日はありがとうございました。 特集表紙撮影地 うちぶん(図書館打出分室) 大阪にあった明治時代の銀行の建物を移築し、金庫・仏具商の松山興兵衛氏が美術品の保管に使っていました。現在1階は、図書館分室として使用しています。平成21年に国登録有形文化財に登録。 うちぶん(図書館打出分室)打出小槌町15-9 対談の様子は1月1日~広報番組「あしやトライあんぐる」でもご覧いただけます。 【河瀨 直美】生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける映画監督。 一貫した「リアリティ」の追求はドキュメンタリー・フィクションの域を越えてカンヌ映画祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数。世界に表現活動の場を広げながらも、2010年には、故郷・奈良にて「なら国際映画祭」を立ち上げ後進の育成にも力を入れている。ユネスコ親善大使、奈良県国際特別大使を務めるほか、 2025年大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサー兼シニアアドバイザーを務めた。 俳優として、第38回東京国際映画祭最優秀女優賞を受賞する他CM演出、エッセイ執筆、DJなど、ジャンルにこだわらず活動中。プライベートでは、10年以上にわたりお米作りにも取り組んでいる。 新作劇映画『たしかにあった幻』が、2026年2月6日に公開。前売券・映画に関する情報はホームページまで。