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更新日:2021年6月24日

遠藤小百合(えんどうさゆり)

女子カヌーの先駆者

経歴

遠藤小百合

1975(昭和50)年兵庫県出身。筑波大学卒業。

1996(平成8)年アメリカ・アトランタ五輪、2000(平成12)年オーストラリア・シドニー五輪と2大会連続出場。アトランタでは、日本女子として初めて準決勝へ進出。

阪神間モダニズム

「青い山、光る海」神戸・阪神間ほど山と海に恵まれた都会は珍しい。ヨット、ボート、カヌー等マリン・スポーツが盛んなのも、こんな自然に恵まれているからである。神戸・阪神間のマリン・スポーツは明治初期に始まる。欧米人たちのスポーツクラブ、神戸レガッタ&アスレチィク・クラブが、その源流である。彼らの生活スタイルと神戸・大阪の財力が阪神間モダニズムと呼ばれる生活スタイルを生み出した。カヌー等マリン・スポーツは、その好例である。

目標はオリンピック出場!

カヌー競技には様々な種目がある。大別してスプリント、スラローム、ワイルドウォーターの3競技。遠藤(旧姓:丸山)小百合は高校時代、スプリント(1,000メートル、500メートル、200メートル)に取り組み、主として500メートルに出場。その距離・時間およそ2分、陸上競技の800メートル走に匹敵し、非常に心肺能力の高さが求められる。そのため厳しい練習が要求され、それは水上だけでなく陸上練習にも求められた。一番苦しい練習が砂浜でのダッシュ、それもインターバル方式。まさに反吐が出るとはこのこと。そんな苦しさに迷いが生じたころもあったが、スペイン・バルセロナ五輪1992(平成4)年に刺激を受け、「絶対、オリンピック選手になろう!」と心に誓った。華麗な戦績を引っ提げての筑波大学だったが、練習環境には恵まれなかった。茨城県内には珍しくカヌーの社会人チームがあった。強豪で知られるマルニ木工。当初、このチームで合同練習をと思ったが、授業の時間割とチームの練習時間帯とが合わず、断念。しかたなく毎週末、神戸へ帰り高校時代と同じく、武庫川女子大生らとともに練習に励んだ。だが、往復新幹線での出費は大きく、父母には迷惑をかけた。また、夏は高校時代と同じく瀬田川の流れで力をつけた。以後、順調に力を蓄え、大学1年次に1994(平成6)年8月メキシコシティ世界選手権、10月広島アジア大会、2年次ではドイツ・デュースブルグの世界選手権。3年次には、ついに念願のアトランタ五輪1996(平成8)年の切符を手にした。そして、日本の女子としては稀有の準決勝戦まで進出を果たした。

「無事これ名馬」

初めての五輪を振り返ると、毎年の世界選手権とは全く違うムードだった。地元の役員・ボランティア等おもてなしの人たちも、そして参加選手にとっても、もちろん初めての舞台、緊張感は最たるもの。だが、どこででも寝られる、何でも食べられる性分、そして物怖しない性格が、遠藤の強みだった。もう一つの強みは無事これ名馬。すなわち、多くのカヌー選手が腰痛に悩む中、遠藤は一度たりとも腰痛を経験したことがない。カヌーを漕ぐ姿勢をアルファアベットに例えるとL字型、つまり上半身を立て脚を伸ばして漕ぐ。しかし、このL字型が腰痛を引き起こす要因でもある。どうしても猫背になり易いからである。これに対し、遠藤はL字が型崩れしないのだ。正しい良い姿勢で漕ぐので腰痛が生じない。小学校時代から培ったバタフライが、カヌーの基礎体力に活かされているのだろう。ラグビー五郎丸で有名になったルーティン。何事にも動じない遠藤も、またルーティンを持つ。レース前日には、必ず荷物を整理し、バッグへきちんと詰め込む。万一、試合でアクシデントがあっても、自らの身の回り品を整理しておけば、だれに見られても恥ずかしくない。これはその準備である。武士が戦場へ出かけるのと同じ心境なのである。そしてレース当日、波しぶきが目に入らないようにツバの大きい帽子をかぶり、1998(平成10)年バンコク・アジア大会では銀メダルだがドックの一番前から乗り込む。いよいよのスタート前、すくった手水を一口含む。これらが遠藤のルーティンである。1999(平成11)年が五輪予選となるため、2位で焦りを感じる。こんな遠藤もスランプを経験している。1995(平成7)年1月17日の阪神・淡路大震災、これを筑波大学の寮で知った。TVで見た故郷、神戸・阪神間が完全に壊滅状態に陥っている。あの巨大な阪神高速道路が、完全に倒壊してしまっている。まったく信じられない光景だった。何度も家に電話するが、つながらない。いつ間もヤキモキしたのを覚えている。やっと聞こえてきた母の声、通じた電話で父や弟の無事を確認できた安堵感、それは今でも思い出せるほどである。だが、しばらく経って自らに襲ってきたのは、自己嫌悪とでも言うのだろうか。神戸の人々、中でも中高生時代の友だちのこと。皆が住む家もなく、食べる物にも事欠く時、自分一人が、カヌーにうつつを抜かしててイイのかとの自問だった。およそ3か月、練習に身が入らなかった。スランプから立ち直った遠藤は強かった。1995(平成7)年の世界選手権、1996(平成8)年アトランタ五輪、1997(平成9)年世界選手権にも出場、1998(平成10)年バンコク・アジア大会では銀メダルを獲得。そして、2000(平成12)のシドニー五輪にも連続して出場している。

丸山家はカヌー一家

父・丸山一二は、葺合高校陸上部で棒高跳びの選手だった。しかし、腰を痛め大学ではカヌー部に転向、これが功を奏し活躍。卒業後も現役を続行、1987(昭和38)年の沖縄国体まで長らく現役を努めた。現役引退後は、各大学からの招聘に応えコーチをした。こんな父が、手塩にかけたのは、長女・小百合だった。カヌーを始めた高校時代から父は、小百合とともにまさに二人三脚で、練習に試合に臨み育て上げた。こんな父・姉の影響で、弟3人(一馬、孝二、良平ともに世界選手権出場)もカヌー選手として活躍、まさにカヌー一家である。

父の声は「天の声」

遠藤のカヌーへの挑戦は決して早くない、むしろ遅かった。父に連れられてカヌーに乗った記憶はほとんどない。小学校時代、年に1・2回乗ったぐらいで決して幼少期から始めたわけではない。小学校時代は、カヌー少女ではなく水泳少女だった。1年生からイトマン・スイミングスクールに通い、4年生からは選手コースに入った。バタフライが専門となり、そのまま中学校の水泳部へ所属。神戸市内では上位だったが、挑んだ近畿大会の100メートルバタフライは、歯が立たなかった。その後、県下屈指の名門校・県立神戸高校へ無事入学。入部クラブに迷っていた時、父が1・2週間、カヌーをやってみるか?と声をかけてきた。なんとなくその気になって西宮浜へ行ってみた。いざカヌーに乗ってみるとアラ不思議、転覆することもなく(ほとんどの初心者は転覆する)、まるで経験者のごとく、スイスイと進むことができ、楽しくて、楽しくて、しかたなかった。父がタイミング良くかけてくれた声が、今から思うとまさに天の声だった。この時から遠藤小百合のカヌー人生が始まったのだった。

西宮浜と琵琶湖の思い出

県立神戸高校にはカヌー部が無かったので、学校・担任に名義を借り各種大会に出場した。人生初の大会は、1991(平成3)年6月西宮・御前浜(夙川の河口)で行われた兵庫県民体育大会・高校女子の部。この部門の参加者は2名。そのまま石川国体(小松市木場潟カヌー競技場)に派遣された。日ごろの練習は、父が武庫川女子大学のコーチをしていた関係で、西宮の御前浜へ通い、大学生とともに練習した。高校1年では歯が立たなかった腕前も、高2になると大学生と互角に戦えるようになった。高校時代の戦績は、国体優勝2回、高校選手権でも1位に輝いた。2年生の時には、日本代表として世界ジュニア選手権にも出場している。夏の合宿は琵琶湖の瀬田川だった。ここは歌川広重の浮世絵「瀬多夕照」にも描かれ、瀬田唐橋として知られる景勝の地。だが合宿は、実に40日間にも及んだ。疲れ果てて見た建部大社・船幸祭の花火に癒されたことも、今では懐かしい。

指導者として再出発

カヌー競技は川や海を舞台に行われ、そのため風の強弱・方角、川や潮の流れなど自然も計算に入れつつ勝負に挑む。それは、まさに人生の縮図のようなものである。人生設計として教師を目指し、筑波大学体育専門学群に進んだ。かつての東京高等師範学校。総合大学としての筑波大学は、全ての学部でトップクラスを誇るが、伝統の体育学分野は日本一である。その筑波大学で選手生活を4年間続ける一方、卒論「カヌー競技におけるタイムとピッチの関係」を立派に仕上げ、文武両道を貫いて卒業。この思いを胸に教壇に立ってきた。県立芦屋高校カヌー部を立ち上げて早くも12年。クラブの訓えは、文武両道と質素剛健。クラブをするには、時間のやりくりを大切にし、勉強時間を確保する。この点を常日ごろから厳しく指導している。決してカヌー馬鹿になって欲しくない。また、クラブに伴う出費もバカにならない。艇やパドルの補修は、部員自らが行なう。それは質素剛健、ムダな出費を抑え、モノを大切に扱う精神を養うためである。その証拠に、初代キャプテンたちが使っていた艇を今でも大切に使用している。部訓を活かし、やがて立派な人間として巣立って行って欲しいと願う。

ママさん選手を夢見て

10年近い交際を経て大学時代の同級生・遠藤俊介と2005(平成17)年に結婚。現在は2人の子宝(4歳女子、小2男子)にも恵まれ4人の家族。しかしながら彼の勤務が東京で、日ごろは母子家庭のような生活。娘を保育所に預け、息子を学童保育に迎えに行くのは、クラブ指導と相まってテンテコ舞いの忙しさ。ママさん選手も今はムリ。競技への復帰もいつのことやら夢のまた夢かと考える今日このころである。
(文責:NPO法人神戸外国人居留地研究会事務局長県立芦屋高等学校教諭髙木應光)

遠藤小百合(えんどうさゆり)女子カヌーの先駆者(PDF:458KB)(別ウィンドウが開きます)

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