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更新日:2014年12月5日
第2回研修会の記録の続き
市民参加・住民参加の質の向上と計画プロセスへの全面参加への可能性をめぐる評価
自治体福祉施策の推進をする道具に地域福祉計画はなりえたかという評価
さて、では計画はつくったらそれでいいわけではなく、つくったその先が大事です。そのことを(3)以降に書いています。では、どういう視点で評価していけばよいのか。どんなふうに推進されていったのか、変わっていったのか、質が高いものになっていったのか。ただ量を増やせばいいという話ではない。増やせば増やしただけ結局はお金がかかっちゃうんですね。介護保険がいい例です。増やせば増やすだけ、今度は保険料を上げなければならない。保険料を上げただけ質が良くなるか、広くいろんな人をカバーできるのかと言うと、どうも怪しい。お金はどこへいっているのでしょう?事業者も誠心誠意やっている人もいれば、「これは儲けや」という人もいる。そういう事業者が「芦屋はお金持ちが多いから」といって、どんどん参入してくるかもしれません。お年寄りが介護の必要な状態になっても、芦屋に生まれて、幸せに育って、ここで亡くなって、良かったねと思えるようなまちにしようと心から本当に思っている事業者ばかりではない。市民の目が肥えなければならない。「そういう事業者お断り」というふうに。やはり芦屋市民と一緒になって、芦屋の介護を考えてくれる事業者に来てほしい。これは、地域福祉計画だけの課題ではなくて、他の課題と共通するものでもあります。地域福祉計画をつくったときに、事業者参加ができるような、無駄なお金を使わないような、せっかくお金を使ってくれるなら、波及効果が及ぶような施策づくりになったのか、この視点が大事です。
縦割り行政を破る契機に地域福祉計画は貢献したかという評価
2つ目は、縦割り行政の問題です。苦労されていると思いますが、法律つくって要綱つくって、予算つけて、組織つくってという形がずっと続いてきて、慣れているからその方がやりやすい。市民の皆さんだってそう。高齢者、障がい者、児童というと、高齢者なら介護保険課ばかりに行き、障がいのあるかたなら障がい福祉課、児童というと家庭児童課に行く。自分のところしか見えていない。高齢者と子どもたちが、例えば保育所とデイサービスが一緒になったら、もっと交流できるはずです。ところが、市民のかたが「年寄りの顔は見たくない、入り口は別にしよう」とか言ったりする。せっかく近くなんだから、行き来したらいいよね。田舎に行くと、お金がないから、高齢者のデイサービスと保育所と障がい者センターが一緒になっている。1ヶ所しかないから、みんな知り合いです。「この子はどこの孫や」など、みんな分かっているんです。これが息苦しいから都会へ行く。都会は逆に、バラバラになりすぎている。そういうことを変えていくんです。地域福祉計画が、縦割り行政を破るきっかけになったかどうかを見なければなりません。
自治体の職員参加、職員の自治意識の向上に寄与したかという評価
3つ目は、市民参加だけではうまくいかない。職員の方々が市民と一緒になり、これからの芦屋のまちを考えようと、どれくらいその気になるかです。市の職員は、いろいろ要求されるのではと怖がっている。だから、上層部になると「聞かない」「居眠り」「寝たふり」になってくる。昔の村ではみんながお金を出し合ってやっていたんです。役場にいる人は、みんなの声を聞いて、仕事をやっていた。今は、自治体もどこかの会社みたいになって、「給料もらったらいい」というふうになっている。ちょっと欲のある人は「税金使って自分の好きなことをしたい」と考えたりする。どこかの政令指定都市であったでしょ、「私は○○大学建築学部を出ました」といって、市役所に入り、1戸建をつくるより大きいことやりたいからって、建築局に入って仕事をしているとか。でも、それがいいという人もいるかもしれないけれど、「私の住んでいる所やから、ちゃんと意見聞いてよ」と思うのが普通の市民の感覚です。結局、組織が大きくなると、そういう発想でものを見るようになる。なかなか市民の声を聞けない。むしろ、今、原点に立ち返って、「まちづくりというのは、そこに住んでいる、暮らしている、働いている、学んでいる人と一緒になって進めていくんだ」と思える職員を増やしていかなければならない。誰がつくるのか?それは、市民の皆さんです。みなさんがいい職員を育てるような、芦屋自治体学校をつくったらどうですかね。是非つくってほしいと思います。市民の中でも、いろいろ知識を持ったり、情報、技能を持ったりしている人がたくさんいるので、市民が先生になる。「職員研修はうちに任せてください」ってね。私はそういうことをやりたいです。市民・住民と協働してフットワークの良い職員をつくっていく。これが計画のもう1つの課題です。そうすることで、市民参加が本当に生きてくる。
地域福祉計画に照らして言うと、これから策定段階に入ります。策定するとき、単につくるというのでは後に続きません。つくった計画書がほこりをかぶってしまう。せっかく印刷したのに、部長の机の下に並んでいる。自治会の担当者のところに並んでいるとか。つくった以上は、みんなが見て、こういう意味でつくったんだという理念を広げる必要がありますし、つくった後のことを考えないといけない。もっと言うと、「計画の中でこういうことを重点的にやる」と書いた方がいいし、それがほんとに実現できたかどうかまで見ないといけません。5年先、もしくは計画をいったんつくると10年先、もっと言えば15年先かもしれない。社会福祉法が改定されるか、なくならない限りは、今の段階では一旦計画をつくると続けないといけません。つくった段階で、そこに盛られたメニューを行政、民間事業者、市民と一緒になってやっていく。さらに本当にそれがどこまでできたのかどうかを一緒に点検していこうということです。何が足りなかったのか、何でできなかったのか、一緒に考えていこうということです。そういう計画自体のビジョンを、あらかじめ計画をつくるときに持っていなければなりません。かく言う私も、最初はそこまで考えていなかった。漠然と評価まで参加しなきゃと思っていても、具体的にどうするのかという考えはなかった。いくつかの市町村と一緒に計画づくりやって、職員、市民の方々と一緒に汗かきながら学んできたのです。
そういう点では、芦屋は後発組ですので、先発組の失敗を学び、いいところをとれるわけです。先進事例や手法を取り入れることができる。厚生労働省の地域福祉課のHPにどこの市町村がどうやっているかという情報があるので、その気さえあれば情報を取れます。「なるほどこういうことをやっているのか」と学び、その人を呼んできて、講演会を開いたり、こっちから行ったりと、市民レベルの交流もこれからやっていかなければなりません。